kotarosandayoneの日記

街道歩きを中心に、風景などをアップしています

滋賀の山旅~金勝(こんぜ)アルプス その1

突然ですが、自転車を買いました。折り畳みのやつ。

右の茶色い自転車です。折りたたむとこんな感じ。

新品のうちに撮っておかないと、これから使用の度に傷ついていくので早めの公開です(笑)。

近所のスーパーまで試し乗りをしただけで、3時間半のサイクリングに挑戦してきましたが、それは次回以降の報告とします🚴

【金勝(こんぜ)アルプス】「(滋賀県草津市街の南東にある金勝アルプスは(中略)~まるで岩の庭園のような山塊だ。一部岩盤歩きや、川沿いの雨天時の増水に気をつける」(©JTBパブリッシング「日帰り山歩き 関西」。

(写真は一応私のです)

向こうに琵琶湖や比良山地、今では新名神高速道路が見えて絶景ですね。今回はアクセス等を考えて登山口まで車で移動しました。

このような駐車場だと思って、入り口で現金を払ったら、ずいぶんイメージが違って??

どうやら「第二駐車場的な」場所に案内されたようです。飴やラムネをくれたからいいけど。結局「第一駐車場」でお手洗いを使って歩き出しました。

JR草津駅からも路線バスが出ていて、ハイカー達が沢山降りてきました。どうやら人気の山の様です。

まずは駐車場から沢沿いを歩いて金勝アルプスの見どころ、落ヶ滝(おちがたき)を見に行って、その後尾根に上がって鶏冠山(けいかんざん)を目指します。

灌漑用のため池の横を通ります。さっきからブンブンという音が聞こえているなと思ったら、

「湖畔のミツバチの住宅団地」がありました

ツツジのピークは過ぎましたが、この前までは蜂さん達も忙しかったでしょうね~。人様に🍯の大半をかっさらわれるのですが。。

沢沿いを緩やかに登っていきます

滝の分岐に来ました。詳しい登山日記のHPの写真をスクリーンショットスマホに入れてあるので安心です。「ここまで来たな」と。コース地図にも通過時間を書きます。

看板のところで渋滞しました どうやら撮影ポイントが込み合っている様です

こちらも全然急いでいないけど、滝つぼの反対側から回り込みました。

「落ヶ滝」落差20メートルだそうです 標高は約300メートルの地点

こちらのグループさんはバスでやってきたようです。男性の一人が案内していました。

先ほどの分岐点に戻って、尾根筋を目指します。花が終わって葉っぱが出てくると「ミツバツツジ」なんだと分かります。

「遅咲き」のツツジにも心癒されます~

シダも新芽がぐんぐん伸びる季節です

坂が少しづつ急になって来ました。という間もなく最初のロープ場に差し掛かります。

岩場ではロープに完全に体重を預けない事、1本のロープに同時に2人以上掴まらない様に気を付けてください。

「川沿いの雨天時の増水に気をつける」とガイドに書いてありました。ここで大水が出たらどうしようもありません。雨天の翌日も寄り付かない方が良いみたいです。

ここをよじ登っていくからとっても楽しいのですが

ここもロープに頼らずに下から登れました

同行者がいたらモデルになってもらうんですがね。「なるべく急坂でしんどそうに登って~」。

金勝アルプスのメインの尾根に着きました

今から地図の上の山に登りますが、何といってもその名が「鶏冠山」ですからね。

カッコよい鶏の写真を借りてきました!

地図で見ても等高線の間隔がすごく詰まっている(坂が急)。

「一番しんどいところと一番危険なところでは写真が少ない」(山行の記録写真あるある)。

頂上の手前で木々の間から視界が広がる

うんと目を凝らすと、日本100名山の伊吹山まで見えました。すれ違った人と一生懸命探しました。

ようやく鶏のトサカ🐔のてっぺんに着きました!

てっぺんからは周りの景色はうかがえません。しかしちょうど誰もいない頂上で、とても良い雰囲気でした。10分ぐらい佇んでいたかな。

ツツジも少し残っていました。男性がソロで上がってきたので入れ替わりに下山しました。ひとり静かな気分を味わってほしかったので。

スマホでの現在位置を示しています

「この後はずっとコースは賑やかだろうなあ。特に天狗岩のあたりでは」と思っていたのですが、このあとしばらくして一人ぼっちになりました。あれれ。

何故かと言えばコースを間違えたからです。その2に続きます。

2024年5月19日(日)更新■■

焼き物と修験道のまち 滋賀県甲賀市の旅(その4)

焼き物と修験道のまち 滋賀県甲賀市の旅(その3) - kotarosandayoneの日記 (hatenablog.com)

【飯道山】(はんどうさん)標高664m 滋賀県甲賀市

「忍者の里・甲賀の地に横たわる霊山」と登山ガイドにコピーがありました。

修験の道らしい道しるべなどが残る

山に囲まれた平坦な土地(紫香楽宮跡)を抜けて、ゴルフ場をかすめながら登山口に着く。ここから一気に標高を上げて7合目の飯道神社寺院跡に到着。そこからしばらく登って飯道山の頂上に至る、人気のコースです。

ゴルファーを横目に見ながら林道を上がる

下手くそゴルフは2019年の夏頃からやっていない。今年の夏は同級生とお盆に回る予定で、その前に秘密の特訓で足腰を鍛えている(山登り)。

午前9時半ころ、登山口に到着。「飯道神社」とあるがここは1合目。実際の神社の本殿は7合目にある。前後してハイカーの客が手を手水鉢で清めて石段を登って行ったので私も倣(なら)うことにする。

隣に飯道山の伽藍の図がありました。本殿は左上の端にある。

伽藍跡(寺院)に対して神社の本殿とは?となるが、日本古来は土着の神として信じられていたものが、仏教伝来⇒発展とともに、伽藍を守る守護神の働きをするようになったと言います。比叡山にしても興福寺にしても然り。

「鎮守の神」。「神と仏」の共存は明治の神仏分離令まで続きます。

さほど苦労もなく、階段状の道を30分足らずで7合目に到着しました。

「弁天堂」ってお寺ですよね。かつてこの山にあった飯道寺の伽藍のうち、再現されているものの一つです。

お堂の中には「神様」がまつられています

弁天堂 赤い丸で囲んだところです

かつての「飯道寺」の石垣と「飯道神社」の鳥居が並ぶ。

かつての社務所のあったあたりには「男・女・ユニバーサル」の新しい水洗トイレがあってびっくり(節水式)。

「常に用 昔は社務所 今便所」👈こういう事を書いているから時々、罰が当たるのです!

行者堂 おこもりで修行するのかしら

本堂(お寺)ではありません。本殿(神社)です。

詳しくは、ズームしていただいたら。

【 飯道神社(飯道山)本殿 】

山岳信仰のもっとも古い時代から鎮座し、麓の紫香楽宮(しがらきのみや)の鎮守の神であった可能性があります。江戸時代初期の1650年に再建されたにしては大変見事な装飾が残されています。

「登山は趣味ではないなあ」という人も、下の登山口からゆっくり登っても40分位で着くので、興味のある方はどうぞ。(トイレもきれいなので)

「東の覗(のぞ)き」と聞いてすぐに熊野・大峰山の「西の覗き」を思い出しました。今なお女人禁制の地で、山伏が修行する地です。

©天川村

今日は修行しに来たのではないのです。ゴルフの為の体力.....(以下略)

無理をして登ったのではなく、新しいベンチに座って撮ったものです。お弁当(パン)を食べました。

遠くに琵琶湖の東の山がのぞいています

この岩が東の覗き。山岳修行の場のスタートです。

インストラクターもいないのに、ここで修行なんぞを始めたら真っ逆さまにゴルフ場のコース内に墜落するかも?

山伏の修行場となっていますが、甲賀忍者の正体はこの山で修行した山伏ではないかという説もあります。【こちらもぜひご覧ください】

今に残る忍者の面影 - 日本遺産・忍者|忍びの里 伊賀・甲賀 (shinobinosato.com)

朱塗りの本殿が再現された頃(慶安)はもはや平和な時代となり、戦国時代をピークに活躍した甲賀忍者たちは、再び山に戻っていった(来た)のかもしれません。

あるいは修行僧となったのか・・(岩本院跡)

ここから飯道山頂までは、わかりやすい案内表示があります。

紫香楽宮跡駅をスタートして歩きだしてから2時間半で飯道山の山頂に着きました。

びわ湖もはっきりと見えます。

三角形の山が琵琶湖畔のどこからでも見える「近江富士」(三上山)。湖を挟んで奥には比良山地。一番高く見える山は蓬莱山(びわこバレイ)でしょうか。

ここで残りのパンを食べました。

日本遺産 飯道山とありますが、「忍者や山伏が修行した山」のくくりなのでしょう。

お地蔵様と気温計 大変親切な山です 山頂はちょうど20℃でした

名残惜しくも山頂を後にして、あとは下るだけ、だったのですが10分も行かないうちに山のてっぺんをしのぐ大展望がありました!

何と滋賀県側から鈴鹿山脈の尾根尾根を眺められた!

真ん中にちょこんと尖がった山は「鈴鹿セブンマウンテン」の一つ、鎌ヶ岳。谷を挟んで左に日本200名山の御在所岳

登山を始めたのが20代の最後の方で、日本アルプスも登ったが、大半は鈴鹿の山でした。「鈴鹿セブンマウンテン」は実は8つあって、全部登りました。あそこではああだった。こうだった。御在所岳は都合10回は登っているだろうか。

滋賀の山の稜線から懐かしさを覚えるとは思いもよらなかったです。

ここからの下りは岩がゴロゴロして大変歩きにくい道でした。貴生川(水口)側からすると飯道山の「表参道」になるはずだが、ちょっとしんどいな。

ひょっこり、「石仏という案内が目についたので、何の事もないかと10歩も登ったらかわいい仏さまで。

写真を撮った時にはわからなかったが、帰宅して拡大してみると

慶安元子年八月 寄進三大寺 とありました。

飯道神社本殿の再建に合わせて寄進された道しるべとしてのお地蔵様です。通り過ぎなくて良かった。ひょっとして招かれたのかな?

貴生川の街角に立つ「右 飯道寺」「左 山上講中」の道しるべ。

甲賀市修験道のまちなんだなあと改めて思いました。

草津線柘植駅ではピッタリの関西線乗り継ぎでした

でも、関西線には乗り継ぎませんでした。ICカードを使おうと柘植駅までやってきてそのICカードを忘れてきたのでした。

ここ数年、出発前や旅の前半に失敗する事が多くて、その度に「後は良いことだらけだぞ」と思うようになりました。年のせいでしょうか。

買った靴の調子も大変良かったので、続いてまた近くの山に登りたくなりました。

2024年5月16日(木)更新■■

焼き物と修験道のまち 滋賀県甲賀市の旅(その3)

焼き物と修験道のまち 滋賀県甲賀市の旅(その2) - kotarosandayoneの日記 (hatenablog.com)

信楽のタヌキ、伊賀焼のお茶碗などを見て回った翌日は甲賀市でソロ登山です。その前に、古代この地にあった「たった5カ月間のみやこ」紫香楽宮跡(しがらきのみやあと)を訪ねる事に。

時は奈良時代聖武天皇の頃にさかのぼります。聖武天皇といえば奈良の大仏。国の平安を願って作られた奈良東大寺金堂の大仏は今も日本を代表する仏様です。

ところが調べていくと、聖武天皇は大仏様を奈良の平城京ではなく、今の甲賀市(旧信楽町)につくろうとしていた事が分かってきました。

はてなブログ」のエンジンでブログを書いてみえる、最もわかりやすい「聖武天皇時代」の年表をお借りしました。(リンク先もぜひご覧ください)

聖武天皇は一代で何回遷都した?聖武天皇の政治をわかりやすく解説! - 高校日本史攻略の部屋 (hatenablog.com)

まあ~その間に政変や疫病など国難続きの事。

「あなたの枕の方向が良くないんじゃないかしら」と光明皇后に言われたかは別として、5年の間に4回遷宮をしたという事です。

https://murata35.chicappa.jp/kansaitanboki/kunikyo01/index.htm

恭仁京から紫香楽宮へ (murata35.chicappa.jp)

こちらも「リンクフリー」と記されているので、もっともわかりやすい遷宮の図をお借りしてきました。ありがとうございます。

何しろ「聖武天皇」と入力すると、検索の候補に「聖武天皇 遷宮」と出てくるくらいですからね。

紫香楽宮址」の碑 ここから入っていきます

信楽高原鉄道を利用して「飯道山(はんどうさん)」に登る人はぜひ立ち寄ってください。今からネタバレしますが(^^)。

現在は小さな本殿があるのみですが、もちろん祀られているのは聖武天皇です。

斜めから撮ろうと後ずさりしようとして、敷石にけつまずきそうになりました。

まぼろしのみやこ」紫香楽宮と時を同じくして建立された「甲賀寺」の金堂の敷石だったのです。すごい石にけつまづいたものだ。

お寺の「講堂」跡

お坊さんの宿舎?「僧房」跡

りっぱなお寺跡だったとしても、今の東大寺とはスケールが違うような。今見た「金堂」の大きさでは「奈良の大仏様」と同じ大きさのものが収まるはずもなく。

地図を見ても駅の西側・小高い丘の一帯では、「みやこ」のスケールには程遠い。

昔の史料(元禄時代)に「ここは紫香楽宮跡ではなく甲賀寺跡である」との記述があるそうです。江戸時代にも考古学者がいて奈良時代の事を研究していたのですね。

さらに150年後の幕末の文献には「ここは旧大仏殿の敷地である」という記述があるのです。

果たして宮殿跡なのか、それとも寺院の跡なのか。

この地が「紫香楽宮跡」として国の史跡に指定されたのは大正時代。しかし、江戸時代にも諸説あった上に、ここが宮跡ではなく寺院跡であるとハッキリわかったのは何と平成になってからだったのです。

新名神高速道路の高架下を通ります

とても広い田んぼの一帯にでました。水路がほぼ南北に流れています。

カンの良い人はお分かりですよね。そう、ここにかつての紫香楽宮があったのです。正式には平城京や難波の宮の様な「本物のみやこ」ではなくて「離宮的な」位置づけだったそうですが、それにしても面積が広かった。

恭仁京から紫香楽宮へ (murata35.chicappa.jp)

こちらは、リンク先のHPを運営する氏が平成13年の発掘調査の説明会に出向いて撮影されたものです。リンクフリーとは言え、貴重な資料を拝借してどこかでお礼を申し上げたいものです。

都市開発や道路の建設に従って遺跡が発掘されては埋め戻されるように、ここの遺跡の上では毎年稲がスクスクと育っている訳です。もう一度最初の年表を見てみよう。

聖武天皇の元、長屋王が政権を握る⇒長屋王の変💀で藤原4兄弟(不比等の子ども)が実権⇒天然痘の流行 4兄弟の死・・・・

大仏建立の詔(743年)、難波宮紫香楽宮に遷都(744年)、平城京に戻る(745年)。

光明皇后「ねえ、あなた。やっぱり枕の方向が良くないんじゃなくて?」

聖武天皇「まったく、枕を高くして眠る事がない。いったい誰の行いなんだ??」

長屋王の変を企てたのに藤原不比等の娘である光明皇后が1枚嚙んでいる事はまちがいないので、天平時代とは名ばかりで、実は世を混乱に陥れた悪妻(魅力的な)だったのかも??

紫香楽宮跡の東端にはアヤメ科の花がきれいに咲いていました。

目の前には修験道の山「飯道山(はんどうさん)664m」がそびえています。山の上で食べるのに持ってきたのはご飯ではなくパンです。

駅から登山に向かうコースでかなり寄り道(勉強)したので、その4に続くとします。紫香楽宮跡について調べることで「天平時代の混乱」を総ざらいする事が出来ました。

2024年4月14日(火)更新■■

焼き物と修験道のまち 滋賀県甲賀市の旅(その4) - kotarosandayoneの日記 (hatenablog.com)

焼き物と修験道のまち 滋賀県甲賀市の旅(その2)

信楽ミュージアム見学とタヌキ(の置物)の買い物をして、タイトルは「甲賀市の旅」となっていますが、ここから三重県に入ります。

焼き物と修験道のまち 滋賀県甲賀市の旅(その1) - kotarosandayoneの日記 (hatenablog.com)

上の地図には載せていないけれど、信楽から伊賀上野に向かう途中にある「伊賀焼の里」というネーミングがぴったりの伊賀市丸柱で、ゴールデンウイークのビッグイベントがあるというので訪ねました。

「左 志がらき 京みち」

「右 うへのみち」

伊賀市丸柱(まるばしら)は古くから 京都~信楽伊賀上野を結ぶ街道沿いの集落だったようです。2024年は5月2日~4日の3日間、恒例の「窯出し市」が開かれました。

長谷園をはじめ、周辺の窯元がテントを並べ、キッチンカーも沢山登場して普段静かな山里は年に一度の大にぎわい。

「掘り出し物の良いもの」を求めようと毎年、開催初日が一番込み合うそうで、最終日の4日にはメインの駐車場の裏手に車を停める事が出来ました。

窯出し市について | 伊賀焼窯元長谷園【公式】 (igamono.co.jp)

伊賀焼窯元長谷園【公式】 (igamono.co.jp)

何にでも合いそうな器を3つ買いました ひとつ1300円

駐車場からもスムーズに出られて、伊賀上野でお食事、のはずが道を間違えてとんでもない峠道に入ってしまい、泣きが入りました。

伊賀市上野市駅前の行きつけのピザ屋さんにちょうど席がありました。伊賀上野はGW真っ只中という事で町中忍者だらけだったのですが、またも駐車場がうまく見つかって。

私が食べたのは「白いマルガリータ」です。トマトソース抜きのバジル風味。美味しかったです。

大型の画面で、ドジャースの試合を見ながら

ここでホームランが出たら、ピザをお土産にもう一枚頼もうかと思い念じましたが、四球で歩きました。お店のインスタグラムを貼っておきます。ランチタイムはピザを頼むと大変にお得です。

ピッツァバール コルニチョーネ - Instagram • 写真と動画

今日(5月4日)は、家族が信楽高原鉄道に乗って私は車の回送係でしたが、明日(5日)は私が乗車する日。しかも登山!「よく体力あるね」と言われましたが🍕を食べてパワーはバッチリ!

飯道山<滋賀県> (jalps.net)

この方のHPは写真も豊富で予習にはいう事なし。これを開いて頂ければ何も今から私が記載する必要もないのですが、一応こたろーの行動記録という事で、書いていきます。

5月5日(こどもの日)🎏 信楽☀ 最高気温27度最低気温7度

新しく仕入れたトレッキングシューズのデビュー戦です

朝7時にはJR柘植(つげ)駅に着きました ここから鉄道です

JR関西線の駅であると同時に、草津線の終着駅でもあります。ここから信楽高原鉄道の始発駅である貴生川(きぶかわ)駅まで1本だし、関西線(亀山~加茂 間)では使えないICカードが使える、はずだったのですが。

なんとICカードを家に忘れて来ました (*^^)v

歯医者の診察券と入れ替えたのは良いが、診察券を財布から取り出して、ICカードを戻すのを忘れたようです。

こんな事だったら、より自宅に近い関西線の駅から(上の列車に)乗車すれば良かったのに。

草津線の終着である柘植駅を降りると「忍者は①番乗り場へ」とアピール感たっぷりです。ここで忍者とは伊賀忍者の事を指しますが、ちょっと待て。

電車を降りた人達は「甲賀方面」からやってきたはず。この案内で伊賀忍者⚔️甲賀忍者問題に発展しないのでしょうか。「甲賀もの」はおおらかなのでしょうかね??

草津線京都方面行の電車が回送されて来ました。柘植駅は海抜243mあります。800尺という事で「八尺様の100倍」の高さがあることから相当なものです。

八尺様 - Wikipedia

Xユーザーのたこねるさん: 「八尺様・・・? https://t.co/zZgernV40b」 / X (twitter.com)

(「たこねる」さま、とてもキュートで可愛いのでリンクさせてください!)

貴生川駅に着きました。いったん改札に出てJR線の料金(柘植⇒貴生川)を払って、信楽高原鉄道の車内で切符を買います。「接続が良すぎた」ので間に合って良かった。

こちらは前日 家族が撮った、別アングルの貴生川駅ホーム

観光列車の様な高原鉄道の車内

きのう(4日)も陶芸のイベントで信楽駅周辺は渋滞していたので、この時期は京阪神方面から列車を使う人も多いようです。

今から登る飯道山(664m)が前方に見えます

森の中を、列車はぐんぐん標高を上げていきます

信号場跡」を行き過ぎます。現在はレールなどが撤去されています。列車同士が鉢合わせしないように先着した方がここで待って、反対列車をやり過ごすのですが、1991年。忌まわしい事故が起きてしまいました。私が就職したすぐの5月でした。

信楽高原鐵道列車衝突事故 - Wikipedia

昨日訪れた信楽駅の構内にも事故を風化させない、安全への祈りが込められた展示がなされていました。

もうすぐ、1991年の事故現場に差し掛かります

現場には慰霊碑が建てられています

私はICカード1枚を家に忘れただけですが、鉄道安全運行管理への協力は乗客のひとりとして今後も続けていきたいと思います。

紫香楽宮跡」駅で、列車を見送る係員

さて、陶器のまち、ユーモラスなタヌキで知られる「しがらき」ですが、かつては「紫香楽」と書きました。古代のほんのひと時だけ、ここに「みやこ」が置かれたのです。今回は登山を楽しみに、紫香楽宮跡(しがらきのみやあと)を訪ねるのも目的のひとつでした。その3に続きます。

2024年5月12日(日)更新■■

焼き物と修験道のまち 滋賀県甲賀市の旅(その3) - kotarosandayoneの日記 (hatenablog.com) 

焼き物と修験道のまち 滋賀県甲賀市の旅(その1)

「こうか市」と「こうかく類」をかけているのではありません。

和歌山県すさみ町で「🦐と🦀の水族館」を訪れてから、かわいそうで甲殻類が食べられなくなったこたろーです。(これも甲殻類アレルギーの一種?)

和歌山・えすみで「別荘気分」& 列車の旅 🚊🍷☆彡(後編その②) - kotarosandayoneの日記 (hatenablog.com)

 

2024年5月4日みどりの日

滋賀県信楽6℃28℃ 〕〔三重県津市 14℃23℃ 最低最高 

伊勢湾から空気が出入りする津市と、高原の盆地・信楽では同じ日でも気温(の変化)が大分違います。(直線距離にして中心部同士、44キロしか離れていません)

実家の津市から、滋賀県甲賀市の貴生川(きぶかわ)駅まで車で走って家族を下ろし、自分は終着の信楽(しがらき)駅まで車を回送して、家族は信楽高原鉄道信楽に向かいました。(以下、家族の撮った写真です)

JR草津線・京都方面の電車と並ぶ(貴生川駅

始発から24分で終着・信楽駅に到着

平日はお客さんの数より狸の方が多かったりして~。

相変わらず母親は元気です。本人曰く「旅先ではテンションが上がってしまって、2日後ぐらいにぐったり」となりますが。

改札の隣にいるタヌキ

それを改札の外(駅舎側)から撮っているのは私。

信楽はGWが1年で一番賑わいます。信楽駅前も渋滞していましたが何とか裏道🚘を伝って、列車🚃を待ち受ける事が出来ました。

駅舎では物産のほか、ご存じ信楽のタヌキの置物も並んでいます。家族で相談して一つ買いました。ここから3人(と1匹)です。

駅横の見事な藤棚 まさに見ごろでした(5/4)

信楽駅のシンボルと言えば、高さ5.3mもあるタヌキです。5月はご当地「甲賀流忍者」に変身!☩

なおかつ世界最大のタヌキの公衆電話ボックスです。(確証がありませんのであしからず)

うまく信楽焼ミュージアムの隣に車を停められ、館内を見学します。(入場無料)

こんな「大物」もろくろを回して制作するそうです

作品に手は触れられませんが、撮影📷は自由となっています。

作品目「ひねり狸」。とても可愛らしくて玄関に飾りたくなりましたが、お金を出しても売ってくれないだろうなあ。

真っ黒い顔に見覚えがあります。そう、芸術は爆発だ!」で知られる岡本太郎の作品です(このフレーズも古くなりましたが)。

「黒い太陽」©信楽町観光協会

1970年の大阪万博のシンボルといえば「太陽の塔」ですが、その背面にも大きな「黒い太陽」がある事はあまり知られていないかも。この立って歩いているような太陽の不気味な姿が大好きなんです!

「黒い太陽」の顔部分は直径8mあって、信楽焼で製作され、岡本太郎(旧)信楽町の第一回名誉町民となりました。

太陽の塔」正面の顔 こちらの方が馴染みがあるかな

太古の時代には琵琶湖の原型が今の甲賀市伊賀市にあって(古琵琶湖)、湖の底に沈んだ砂礫や泥、死骸などがまじりあって、現代の信楽焼伊賀焼に代表されるように陶器の製作に適した土壌となったようです。

明治時代の駅弁(お茶付き)に使われた「汽車土瓶」

駅弁を買うと土瓶がお土産?になったようです。

登り窯 下の方から順に火がまわります

大物制作のビデオ上映

連休の催しという事で、実演もありました。

ふたや本体はろくろをくるくるとまわして、持ち手は土を手で伸ばして、急須の出来上がり。きっと粘り気のある良い土なのでしょう。

説明によると、タヌキは「八つの縁起」があるという事です。徳利を下げているのは「人徳を身につけよう」だそうです。知らなかった。

酔っ払って歩いている訳ではなかったのですね。「金袋」も持ち歩いているので「これで買えるだけ酒をくれ」ではなかったようです(笑)。

駅前の一等地で、ミュージアムも無料。駐車場も無料。こんなについているとは!!【以下、外部リンク】

甲賀市信楽伝統産業会館 「信楽焼ミュージアム」 | 滋賀県博物館協議会 (sam.shiga.jp)

滋賀県立陶芸の森:やきものの里、信楽(しがらき)にある芸術と美しい自然に囲まれ

た森 (sccp.jp)

信楽からまたも焼き物つながりで伊賀市に入ります。その2に続きます。

家族の一員になりました 甲賀忍者のタヌキ

2024年5月6日(振替休日)更新■■

焼き物と修験道のまち 滋賀県甲賀市の旅(2) - kotarosandayoneの日記 (hatenablog.com)

和歌山・えすみで「別荘気分」& 列車の旅 🚊🍷☆彡(後編その②)

またまた間延びしてしまってすいません。ここまでお付き合い有難うございます。

今この辺にいます。和歌山県すさみ町です。

和歌山・えすみで「別荘気分」& 列車の旅🚞🍷☆彡(後編) - kotarosandayoneの日記 (hatenablog.com)

どうしてマークなのか、後に解き明かされます

する事がありません。ひとりです。「することがない事」を楽しみに来たのです。テレビをつけてみましょう。

地上波はNHKの2局しか映りません

という事は知っていたので、家から重いパソコンを背負ってきました。

衛星放送(BS)は普通に見られます

お風呂のボイラー作動は夕方4時から夜10時の様です

来る前は朝日を見ながらお風呂とも考えていたのですが、今晩はこちら🛀を使って翌朝は近くの入浴施設♨️にします。

日が高いので近くにお出かけする事にしました

おしゃれなカフェかレストランかと思うでしょ?何と「老人介護施設」なんです。すさみ町は天国まで極楽(意味不明)の様です。

道の駅に併設「エビとカニの水族館」おとな800円

町営です(指定管理者が運営)。入ってみましょう。

「そう来なくっちゃね📷」

大きな🐟や珍しい🦐などが網にかかったら地元の漁師さんから水族館に連絡があるそうです。地元住民がサポートしているんですね。

魚が寄って来ます「格好良く撮ってね」

大変貴重な「青いアメリカンロブスター」数万匹に1匹?とか

ちなみにアメリカンロブスターは世界最大のエビだそうです。

これは見た事があるな 「ニシキエビ

これもエビ(カニ?)だそうです ヒトデを食べていました

カブトガニも水槽にいました。縦にくっついている2匹がいるので「もしかしてアレ」かと思って、、

調べたらやっぱりアレでした 後ろが♂

ちょっと抵抗がありましたが「直接触れる機会などそうそうあるものではない」と思って水の中に手を入れて背中をツンツンしてきました。

基本、エビとカニ限定で入場料はまあまあかなと思っていましたが、思ったよりずいぶん楽しめました。

「また待ってるでえ」

しばらく甲殻類はかわいそうで食べられません。道の駅の売店に入ります。

お値段も良いが、スクリューキャップだし、ぜいたくするかな~ 冷蔵庫もあるし。

と思いましたが思い直して、おつまみだけ買ってきました。民宿を通り越してコンビニに行って、晩ごはん朝ごはん・もろもろ買い出してきました。

コンビニと民宿の間にあったホテル

只今帰りました。と言って部屋に戻りました。

備え付けのカップやプレートにもこだわっています

というわけで、今このような状況なのです。

BSで「トレンディドラマ」の再放送をやっていました 男女7人~

しのぶ(配役)とさんま(配役)のシーン

「何やお前か。起こすなよ」。今見るとすごくゆる~い展開です。バブル期はこれが普通だったんでしょうか?今はせかせかしすぎなのかもしれません。動画も1.5倍速で見る時代です。

ここでは時間が止まっているようです

静かな波の音 水平線の方向には潮岬

パソコンで野球など見ながら、飲み続けていたらヘロヘロになって来ました。あんまり覚えていません。

お月様が潮岬の上空にあがってきました 夕方6時半ころ

半月よりは少し太い。「静かの海」も良く見えます。日本では「餅をつく🐰」に例えますが「爪を振りかざす🦀」に例える国もあって、静かの海はカニの爪の付け根の辺りです。

パジャマの生地も良くて、横になったらすぐ寝てしまいました

朝4時に目が覚めました。ゆうべは月夜で星が見えなかったがもう沈んでいる頃だから。そしたら何と★★★★★★

天の川を見たのは何十年ぶりかしら。とにかく海の上は全く光がないので天体観測にはもってこいだったのです。

星の観察というと山の上みたいなイメージがあったのですが、山は雲もわくので。そうか星は海で見るのか。「船乗り」の方には当然だよと言われそうですが。

掌に納まるような📷で撮って映る訳ないでしょと思っていたら、何と2等星~4等星(一部)が写っていました。

何だか柄杓の形をしているなあ~と思って、帰宅して調べたらいて座の中心部で、しかも柄杓(赤い線でむすんだ部分)を形づくっているのは南斗六星と言われるのだそうで。

なんと!!

南斗六星」なんて、昔めちゃくちゃ流行った「世紀末救世主伝説」でしか知らなかったが実在していたとは、たたたっ(笑)

北斗の拳 OFFICIAL WEB SITE (hokuto-no-ken.jp)

南斗水鳥拳」の使い手 レイ

下手したら、主人公のケンシロウより人気がありましたもんね。

ケンシロウに胸の七つの傷を刻み込んだ「南斗孤鷲拳」のシン

懐かしいですね~。むろん北斗七星もキレイに見えました。

いて座(射手座)|やさしい88星座図鑑 (study-style.com)

ワクワクしてそのまま朝まで起きていました

それでも朝5時45分頃ですけどね。この15分後に道の駅の向こう隣りの朝風呂がオープンします。

PH値をみると9.8のアルカリ性。トロトロの泉質です。中では撮影できないので公式から借りて来ます。

まさにこんな感じ 左奥に枯木灘(かれきなだ)を望む

ロビーからの景色もこんな感じです。

温泉 - 道の駅のご案内 - 道の駅すさみ (michinoeki-susami.com)

予定通り、うまくいったので(何もしないというのも用事のひとつでしたが)、江住駅の始発で紀伊勝浦に戻る事にしました。

部屋の鍵のハリネズミ君ともしばらくお別れです

部屋をなるべく真っ暗にしてドアを開け閉めしたつもりでしたが、虫が入って来たようです(この蛾の名前が分かる人教えてください)。

もてなしてくれたお礼を言って、民宿を後にしました。リンクを貼っておきます。

パノラマ==> カフェ 、レンタルスペース 、民宿 (goope.jp)

江住駅から紀伊勝浦駅に行こうとすると午前中は2便しかありません。今から乗る7時27分発と8時49分発。その後は14時42分までありません。

このような景色はもちろん特急でも見られます。むしろロングシートで体をよじらなくても、クロスシートからは存分に景色を見られますのでご安心ください。特急料金の値段の半分は時間 残り半分は景色です。紀伊半島の列車あるある。

これは湯川駅ホームからの景色 これはローカル列車あるある

この駅から徒歩圏内にもいいお湯沸いてます🎵(ちょっと歩きますが)

紀州の名湯「きよもん湯」 (ichinotaki.co.jp)

- 和歌山県 那智勝浦町 -ゆりの山温泉 - 和歌山県 那智勝浦町 - (town.nachikatsuura.wakayama.jp)

温泉スタンドがあるところもあるので、自家用車の人はポリタンクを乗せておくと良いかもです。お土産が「湯」というのもいいですね。

和歌山県すさみ町は熊野古道大辺路・長井坂」のコースが良く歩かれます。電車の本数が少ないので、【例】見老津(みろず)駅辺りに車を置く👉電車で周参見(すさみ)駅に移動👉周参見駅から見老津駅まで歩く という計画を立ててください。

駅に車を置いて歩きだすパターンでは、ゴールしても列車が無くて悲惨なことになるかもしれません。ローカル線は特に。

列車と車を活用する時は「車の置いてある場所にゴールする」という鉄則を守ってください。

長くなりましたが、皆さんも良い旅を。何もない海に向かって星☆彡を見るのは最高☆★だとわかりましたが、車で見に行く時は十分気を付けて下さい。

2024年4月29日(昭和の日)更新■■

和歌山の旅 カテゴリーの記事一覧 - kotarosandayoneの日記 (hatenablog.com)

和歌山・えすみで「別荘気分」& 列車の旅🚞🍷☆彡(後編)

 

南紀勝浦温泉 玉乃湯」の成分表 源泉かけ流し

和歌山・えすみで「別荘気分」と列車の旅 🚊🍷☆彡(前編) - kotarosandayoneの日記 (hatenablog.com)

和歌山・紀伊勝浦駅前で勝浦温泉に入って出てきたところです。今から紀伊田辺行の普通電車に乗って今日の目的地「えすみ」に行きます。

ところで「えすみ」と聞いて皆さんは何を想像しますか?

 

やっぱり「マキコさん」ですよね~。こちらの方は「江角」ですが、この日訪れるのは

「江住(えすみ)」と書きます。「入り江に住む人」みたいに江住さんという苗字の人もいらっしゃるかも?(私の苗字は「中村」ですが)

駅前でご飯食べて、温泉入って、ちょうどいい塩梅に電車が来ました

今から「江住」行き、違った「紀伊田辺行」の電車に乗ります。江住まで1時間と6分。長すぎず、短すぎずちょうど良い時間です。

赤い星で示した所が「江住」になります 串本を経由します🚊

紀伊長島(三重)から紀伊勝浦までの景色も良いんですが、勝浦から南は本当に波打ち際を縫うように走ると言っても良い位、素晴らしい風景の連続です。

前回遊覧船で立ち寄った、太地の桟橋と捕鯨船

太地駅 特急停車駅だが無人

景色は最高なんですが、電車の構造上ちょっと問題がありまして、

ロングシート」といって、通勤車両にありがちなシート。着席できる人数より1両に沢山乗れる事を優先した車両です。

山手線や大阪環状線などと違って、「本州最果ての地」(失礼)でどうしてこのような車両が必要なのか? 景色を眺めながら進めましょう。

透明度最高の「玉ノ浦」下里~紀伊浦神 間

基本、ワンマン運転なので「運転手から車両の中・全体が見渡しやすい」事を優先しているのだそうです。

海の景色を眺めようと思うと、ロングシートに「横座り」してさらに体をよじらなければならない。1時間の道のりでこれはキツイですよ。

人がそんなに乗っていないんだから窓と垂直にシートを設けた「シーサイドビュー」優先で良いじゃん?と思うのは旅行者だから言える事。

生活路線にしている地元住民にとって窓の外は「毎日見飽きた景色なんです」。勿体ないなあ~(旅行者のつぶやき)。

何なら観光列車みたいに座席が完全に窓の方を向いていて欲しい💕と思う位の景観です。でも毎日利用している人からしたらどうでしょうか。

秘境感たっぷりの和深(わぶか)駅 「えすみ」まであとひと駅

やっぱり途中で腰が痛くなって姿勢を右や左に替えながら江住駅に着きました。午後2時26分。津駅を出たのが午前9時だから、途中下車したとはいえ5時間半経過している。

駅舎の中にはベンチと本が置いてあって

次の電車を待つ間に薄い本なら1冊読めたりして??

いよいよ手書きの地図が活用されるシーンになりました。

駅から国道に合流するところにコンビニがあります。ちなみに写真を撮るのに立っている場所はかつての「熊野古道大辺路(おおへじ)」になります。お地蔵さんも右に小さく小さく写っています。

「コンビニのベンチ」で食べるおにぎりやカップラーメンはさぞかし美味しいでしょう!しかし先ほども言いましたが地元の人たちはせいぜい「屋根つけて欲しい」位しか。

飲み物を「少々」買って国道沿いの歩道を行きます

このあたりはずっと、入り江と岬が交互にある地形で、車で移動するとアップダウンの繰り返しなんです。(一度だけ自転車で走りましたがそれはもう。)

今日お世話になる「1泊限りの別荘」はそんな岬のてっぺんにあるのです。

やってきました。「カフェパノラマすさみ」。正面入り口の一階が喫茶店。その上がレンタルスペース。棟の奥が民宿(部屋貸し)になっていてそこに寝泊まりします。

【詳しくは公式をご覧ください】パノラマ==> カフェ 、レンタルスペース 、民宿 (goope.jp)

立地的には、駅から徒歩5分の所に宿があって、近くには道の駅🏠はあるわ、水族館🐟はあるわ温泉施設🛁はあるわで、この風景と相まっておこもりには最高の場所なんです!名付けて「えすみワールド」(笑)。

ベランダからの景色 枯木灘とずっと奥に潮岬

「どうしてこんなところに1人で来たのでしょう。怪しすぎる」。

と思われるのもアレだし、そもそも2~4人で泊れるところを1人で貸し切りで申し訳ないと思って津のお土産(リュックの中で変形していました(^-^;)を渡しました。

家の住所を書くと「津は大変懐かしいですと宿の方が仰るのでどうしたかというと、「津の短大に通っていました」というではありませんか?!(以下、「書いてもらって良いです」と言われたので続けます。)

私の住んでいる家からその「短大」まで直線で1キロです。何と奇遇な!!

和室が寝室になっています パジャマ貸出しあり

「そのころは三重に住んでいたんですか?」と聞きますよね。「いえ、短大に通うために津に下宿していました」。「でも言ったら紀伊半島の反対側ですよね?」「(公立で)学費が安かったので」と仰っていました。

そのころから優秀な人材が津に集まって来ていたんですね~(今もそうですが)📚🖊

敷地の芝生広場は女性専用キャンプ場です

地球は丸いと感じる大海原に抱かれた別荘暮らし(ただし1泊)の始まりです!後編で終わらせるつもりが、いつものように無理でした。

ひとりワインなんぞ傾ける訳ですよ

(後編その②)に続きます。いつもの事ですいません~。2024年4月28日更新■■

和歌山・えすみで「別荘気分」& 列車の旅 🚊🍷☆彡(後編その②) - kotarosandayoneの日記 (hatenablog.com)