kotarosandayoneの日記

街道歩きを中心に、風景などをアップしています

三重県の海岸線を歩く 紀伊長島~志摩市の海岸線をのべ5日間で歩く🐾(5)

三重県紀伊長島から五ヶ所浦まで海岸線の道を歩いたのが2020年6月。【南島七浦】古和浦阿曽浦を周遊し、その続きで志摩半島南部を歩く計画を立てていました。引き続き閲覧よろしくお願いします。

旅の楽しみは宿泊とお料理。ですよね。大切な人と行きたいなら一生に一度は賢島の

【志摩観光ホテル ザ ベイスイートに泊って伊勢志摩サミットフルコース】といきたいところですが、こちらはあくまで独り身(の歩き旅)、ですので

【賢島 ホテルベイガーデンに泊まって夜はコンビニ飯】を選択しました。

左:志摩観光ホテルベイスイート 右:賢島ホテルベイガーデン

「なんやもう見る気失せたわ」という方。何を言う、早見優「景色は最高のごちそう」というではありませんか。このページでも志摩の海岸線のフルコース料理(景色)をご覧にいれます!(食べられません)

2020年8月10日(月・山の日)晴れ

海の日でも山の日でも楽しめたらいい。前回の続き、南伊勢町五ヶ所からスタートして志摩市浜島町~前(さき)志摩半島志摩市大王町磯部町までの1泊2日コースです。もう最初から暑い(サングラス必須)。

📷も自動で絞りまくっています(笑) 朝9時15分頃

入江の六地蔵様にお参り

相変わらず旧道を歩いての旅です。

やっぱり景色を楽しむならドライブよりウォークだな(独り言)、、続いては私が撮影したルノアールの作品」です。

題名「沈んだ船」時価2億円。。(嘘)続いては「中国人向けの投資物件?」です。

「爆買い」の方々に1軒でも売ってください!

旧道の峠手前から見た国道260号バイパス

【昭和ビーチランド】。。ずいぶん前からあるリゾート地の様です。

木立の間から6月に歩いた五ヶ所浦が望めました。(少しの木陰でも涼しい)

宿浦(しゅくうら)。その南の田曽浦と並んで「宿田曽」とも呼ばれます。ここで昼飯のパンをかじりました。

宿田曽のお祭りの神輿に乗っていたカツオを展示しています。この地域に富をもたらした象徴なのでしょう。

田曽白浜海水浴場を過ぎると、南伊勢町から志摩市に入ります(旧南勢町から旧浜島町)。左奥に御座白浜が見えます。ここから先、磯笛峠に上がります(バイパスはトンネルで通過します)。

最高のロケーション。東屋の2人に、「いやあ、最高のお天気ですね」というはずがない。目の前の「カーテン」にも気づかなかった。

阿古屋貝(真珠貝)の「絵馬」

浜島町の旅館街一帯は浴衣姿で楽しめる「びん玉ロード」として整備されています。

【リンク】びん玉ロード(ビン玉ロード) | スポット・体験 | 伊勢志摩観光ナビ - 伊勢志摩観光コンベンション機構公式サイト (iseshima-kanko.jp)

「夕雅|伊勢志摩」さんのHPより

山の日でも、海はサイコー。

英虞湾の定期船で「浜島」から「御座」に渡りました。この航路は2022年現在廃止されています。かつては「奥志摩フェリー」が運行していて、高校生の時に「自転車」を積んで兄弟でフェリーに乗った思い出があります。うん。ちょうど40年前。

乗客は私ひとり。祝日にこれでは。

御座(ござ)港で定期船を見送る

上のイラストで御座(ござ)についたところです。この後和具(わぐ)まで歩いてもう一度定期船に乗ります。

御座白浜は志摩半島の海水浴場のメッカです。コロナ禍の最初の夏。ハイシーズンは普段ビーチパラソルで埋め尽くされています。

志摩町越賀(こしか)の海水浴場

この日も7時間以上歩いて和具に到着。和具にも宿泊施設はあるのですが、ここからわざわざ定期船で渡って賢島宿泊にしました。「夏休みに賢島で泊まった」という既成事実をつくるためです。

船がやって来ました。なんの事はない、さっき(だいぶん前だが)私を浜島から御座まで送ってくれた同じ船でした。きょう1日貸し切ったみたいだな。

乗船券売り場で缶🍺が売っていたのでつい、持ち込んでしまった。

【英虞湾なう。】(和具~間崎島~賢島航路)

待ってろ、志摩観光ホテルベイスイート、じゃなかった。賢島ホテルベイガーデン!ちょっと期待してるぜ。晩御飯はコンビニ、笑)

🌊🌊🌊(2022年11月23日更新)

三重県の海岸線を歩く 紀伊長島~志摩市の海岸線をのべ5日間で歩く🐾(6)  - kotarosandayoneの日記 (hatenablog.com)

三重県の海岸線を歩く 紀伊長島~志摩市の海岸線をのべ5日間で歩く🐾(4)

2020年6月21日(土)晴れ 歩きのべ3日目(2日目から中5日)

「平家落人の里」の文献が残る竈(ガマ)

【南島七浦】に続いて【南島八ヶ竈(がま)】の謎を解け!

そんな大層なものではなく、ただの散歩ですが、今回は秘境感たっぷりな波打ち際を紹介しています。上の地図の★の所から「大方竈(おおがたがま)に向かいます。

入り組んだ阿曽浦の湾に沿って しゅう曲した岩盤が露出しています。

海のそばなのに、山の中を行くような、不思議な感じ。

なんという美しい花でしょうか 気品もある。排気ガスにまみれてシュンとしている花とは大違い。ずっと花の名前が分からなかったのですが、ブログをあげる段階になってSNSで尋ねてみるとお友達からすぐに回答がー。

八重咲のムクゲだそうです。写真を検索すると同じ花でも沢山の花の形がありましたが、やっぱり自分が撮影してきた花が一番かわいい!(親バカみたいなもん?)

大方「ガマ」阿曽「ウラ」の三叉路をガマの方にとり、「ふるさと夢トンネル」という新しいトンネルを抜けるとー。

この辺りは八ヶ竈のひとつ「赤崎ガマ」だったところで、津波で集落が消失したと言います。

何の養殖をしているのだろうと思っていたら、ちょうど男性がカゴをひとつ引き上げてどこかへ運ぼうとしている所。近づいてみるとカゴが「パカパカパカパカ」と音を立てている。

軽トラに載せる寸前に、「撮影させてください!」と頼んで撮ったのがこちら。志摩半島~南伊勢の特産「アッパ貝」です。

ホタテ貝みたいだけど貝殻の割に実が大きくてとてもコクがある。

動画でないのが残念。。生きたカスタネットが一斉に動いているみたいで、初めて見る人はビックリするでしょう。

聞けば「今から志摩市のホテルに卸しに行く」という事で、「この時勢柄(2020年6月)、発注量も少ないでしょうね~」とか「やっぱり平家の末裔さんですか?」などと聞けるわけがない。

「かごに入れて沈めたろか」と言われかねない~(それはない)。

いよいよ「陸の果ての果て」大方竈に到着。大智院というお寺を訪ねます。

こちらの鐘と鬼瓦は町の文化財に指定。

【南島八ヶ竈】をたばねるお寺(大智院)と対をなすのはその奥の八幡神社

【リンク】伊勢志摩きらり千選 44.八ヶ竈八幡神社と窯方祭 (kirari1000.com)

拝殿に寄りかかっている様なクスの大木。平家の息遣いが聞こえて来そうな、大方竈を後にしました。別にコワいところではないので興味のある人は是非。但し大型車では途中の集落の通り抜けが怪しいかもしれません。

来た道を戻る感じで、阿曽浦(地名)方面に戻っていきます。

阿曽浦漁協管内の水質調査が定期的に行われているようです。「岸信夫さん前」で分かるのがローカルですね。

養殖業のための細かい注意書きがあります 拡大できます

静かな湾に浮かぶ養殖いかだ。風光明媚な景色をみるだけの私達ですが、海の環境が安定することを願います。

神前浦方面からも眺められた見江島(みえじま)

阿曽浦(地名)は大きく2つに分かれていて、北西側の集落の南側はスーパー堤防で守られています。

南東側の集落 右奥が大方竈方面

外湾側を2重の堤防で守る 北西側の集落

堤防を潜って2つの集落を行き来する

しけの時は通学路もピタリと閉じられるようです。

鮮魚卸店の水槽にはウニがいました。

ではここから南島大橋からみる絶景を続けて紹介します。

これでも湾の入り口 奥は鏡のような水面だったはずだ

贄湾と右ずっと奥に歩いて来た贄浦

赤い阿曽大橋の上から見た慥柄浦(上)と、前回、慥柄浦からみた阿曽大橋(下)

阿曽浦一帯を眺めるこのコースは、ドライブでも良いが、歩行3時間半で周遊できるので、ぜひこの地図を参考に、季節の良い時に歩いてみる事をお勧めします。

車を停めるのは度会町方面から能見坂(のみざか)を越えて南伊勢町に下りて来た道方(みちかた)バスターミナルあたりで探してください。(トイレや商店もあります)

2022年11月20日(日)更新 

🐡🐡🐡🚢 🐟🐟🐟🐳 🌴🌴

三重県の海岸線を歩く 紀伊長島~志摩市の海岸線をのべ5日間で歩く🐾(5) - kotarosandayoneの日記 (hatenablog.com)

三重県の海岸線を歩く 紀伊長島~志摩市の海岸線をのべ5日間で歩く🐾(3) 

2020年6月21日(日)晴れ 歩き2日目

南伊勢町東宮の「ニューまつおか」さんで一泊し、翌朝7時半には宿を出て奈屋浦(なやうら)までは歩いてすぐ。

日曜の朝 仲買人さん?達のトラックがずらり並びました

半端ない大きさの漁船です。巻き網漁船団の中でも一番大きい「魚の運搬船」で、クレーンがついているのが特徴。グレーの機械で魚を吸い上げてベルトコンベアで水揚げします。

最終的に志摩市から尾鷲市までの漁協が合併して発足した「三重外湾漁協」は組合員数でも日本一。本部は南伊勢町奈屋浦にあって、いち漁港での水揚げ量は三重県一です。

漁船群に圧倒された後は、もう一度東宮トンネルを通って次の贄浦(にえうら)に向かいます。「ハート💗の入江」でおなじみの南伊勢町のイチオシ「鵜倉園地」の展望台を歩いて回っていると五ヶ所浦にゴール出来ないので進みます。

【リンク】南伊勢町観光協会
見る|展望・風景 南伊勢町観光協会 (minami-ise.jp)

奥が贄浦の漁港です

鰤(ぶり)の大漁を記念した碑が建てられていました

写真を拡大してみると【昭和18年 鰤7万6853尾】。沖合に仕掛けた大敷網(おおしきあみ)にかかったもので、贄浦の漁の歴史のハイライトになっています。

ここからは国道260号バイパスが出来て、そちらを通ると次の慥柄浦(たしからうら)を望めないので旧道に入って行きましたが、その間すれ違ったのは郵便局のバイク1台だけ。

こんな感じの旧道

「失われた旧道の風景」便利さと引き換えに勿体ないなあ、といつも思います。

阿曽浦につながる赤い南島大橋が見える

阿曽浦はいろんな意味で奥が深くて、じっくり回りたいと思ったので日を改めました。

慥柄浦名物(だった)4分間信号。以前はここがボトルネック(のひとつ)でした。漁港入り口の交差点でもある。

満開だったブーゲンビリア \(^o^)/ 中南米原産 のはず

さてここからは、ゴールの五ヶ所浦まであまり写真データが残っていません。

日本最大級のチョウ モンキアゲハ(メス)

ウミツバメ 真下から撮影 逃げません

動物と概ね3才以下の子供に好かれます。以前びっくりドンキーの待合で座っていたら知らない子供が私の膝の上で遊んでいました。きっと心が清いからでしょうね!?

いくら「南伊勢町」になったからといって、看板を倒さなくてもよいのに・・三浦峠

まん丸な「村島」 祠(ほこら)がある

旧南勢町の五ヶ所浦(地名)に着きました 2日目の歩行6時間

伊勢市行のバスまで時間があったので、ご褒美(お昼ご飯)のお店をさがしているとー

何とうなぎ屋さんに遭遇 ( ^^) _旦~~ 1人でゴールを祝いました🍺 パリパリのウナギはあっという間にお腹の中へ。うなぎ処「やま虎屋」さん。

五ヶ所バスセンターから伊勢市駅まで50分でした 歩いてる事を思えばあっという間

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【南島七浦 最後の秘境?】阿曽浦をめぐる

2022年6月21日(土)晴れ 歩きのべ3日目(中5日)

今回は周遊ルートなので自家用車でやって来て、駐車スペースに車を停めました。

駐車 というより「停車スペース」 片付けられませんように

行く先には「道行竈(みちゆくがま)」の文字 竈(がま)ってなんやろう。 

「浦」の意味は、地元の漁業権を保障する代わりに、藩に海運のための水夫を提供した地域の事でした。では「竈」とは??

 

【リンク】八ヶ竃 | スポット・体験 | 伊勢志摩観光ナビ - 伊勢志摩観光コンベンション機構公式サイト (iseshima-kanko.jp)

なんと!(なんとう)【南島七浦】に対して【南島八ヶ竈】があるなんて!

「平家落人の里」であり、先住民に遠慮して漁を行わず、塩を作って生計を立てながら再興を期していたそうです。竈=塩釜(しおがま)からきているのでしょうか。

歩き出してビックリ。え?鏡面!! 

風もなかったのだけれど、湾の入り口(南島大橋)から一番遠いところです。

「道行竈」と書いてあるところ

試しに写真を90度づつ回転してみましょうか。

 

ひっくりかえした空(虚像)の青い事。こっちの方が自然?

何かの作品みたい(虚像|実像)

さあ。こいつはどうだ。ひっくりかえしたらさすがに変でしょう?。

 

まるで違和感ない(笑)あかん、ぜんぜん前に進まん。(進もう)

【⇒阿曽浦大方竈看板見るだけでワクワクします!(本当は大方竈の方を赤い文字平氏 にしなきゃならんが。)

ちなみにまっすぐ川沿いに行くと海に通じる「平家街道」と呼ばれ、向こうから上陸した(説)。

阿曽浦が長くなりそうなので、(3)はここでおしまい。アップ次第(4)に続きます。写真回しすぎ。

🐟🐟🐟🐡🐡🐡🦐🦐

三重県の海岸線を歩く 紀伊長島~志摩市の海岸線をのべ5日間で歩く🐾(4) - kotarosandayoneの日記 (hatenablog.com)

三重県の海岸線を歩く 紀伊長島~志摩市の海岸線をのべ5日間で歩く🐾(2)

2020年6月20日(土)晴れ つづき

紀伊長島を出発点に南伊勢町の海岸に沿って歩いています。「7つの海」のうち方座浦(ほうざうら)から神前浦(かみさきうら)に向かいます。

坂はしんどいですが、特に旧南島町の中でも海岸が入り組んでいて素晴らしい景観です。

【問】全国津々浦々(つつうらうら)の「津」は一言で言うと港ですが、「浦」の意味は何でしょうか?

【答えその1】陸地に海が入り組んでいる地形(湾より小さい)

神前「湾」の朝日 2022年10月

【答えその2】「浦」は海岸の集落(漁村)そのものを指す

藤坂峠と神前浦 2022年10月

阿曽浦 慥柄浦 贄浦 奈屋浦 神前浦 方座浦 古和浦・・それぞれが地名になっていている事から

【答えその2】も当てはまるようです。さらに、旧南島町周辺では

【答えその3】「紀州徳川藩に海上交通の水夫を提供した集落」という事を文献で知りました!しかもその見返りとして「浦」に対して漁業権が与えられたというのです。それらを集めて【南島七浦】という言い方があると知りました。

神前浦は旧南島町役場のあったところです。

【南島七浦】にはそれぞれ漁協があり、組織上は合併が進んでいますが漁業権そのものは浦ごとに残っているのだそうです。

倭姫命天照大神を伊勢にお連れした神)ゆかりの地とあり

ここからは現在の国道260号を東に向かいます。50年以上前に掘られたトンネルには歩道スペースがありません。

河内トンネル 短いが中は真っ暗です

中坂トンネル 河内トンネルと同時に掘られる

私と同い年(年度)のトンネル

東宮坂トンネル 大きく避けていただきました 申し訳ない

朝の出発から8時間以上歩いて今日の宿泊地 南伊勢町東宮(とうぐう)に入ってきました。日本の主な港を結び、江戸や大阪に米や材木などを運んだ「西廻り航路」「東廻り航路」は日本の歴史で習ったと思いますが、航路を開いた河村瑞賢(かわむらずいけん)はここ南伊勢町東宮の出身です。

訳アリでマスクをしていますが、早めに外せますように

【リンク】南伊勢町公式ページ

日本の偉人 河村瑞賢 生誕400周年記念サイト (minamiise.lg.jp)

【日本の歴史上の三重県出身の偉人】

有名なところでは本居宣長三井高利(松阪)、松尾芭蕉(伊賀)などがあげられます。また、北海道を一周してアイヌ民族との文化交流に努め「北海道の名付け親」となった松浦武四郎(松阪)。

本州を一周する航路を開いて物流の発展に努めた河村瑞賢(南伊勢)、その航路で三重県の白子から江戸に向かって出発したものの何故かロシアのサンクトペテルブルグまで行く羽目になってしまった大黒屋光太夫鈴鹿など三重県出身者にはスゴイ人がいっぱい。

しかし私の一番のお勧めは発音母音と子音を明らかにして「いろはにほへと」を「あいうえお」に並べ替えた津市出身の谷川士清(たにがわことすが)。

みなさん、今も「いろはにほへと」だったらどうしますか? 例えば「中村」を「NAKAMURA」とローマ字に置き替えて外国人に自己紹介すら出来ない。

パソコンで日本人は全員「かな変換」で打っている。

スマホのメールもラインも、、

今も「いろはにほへと」だったら文字打てますか?? 

この事に気づいているのは世界中でたぶん私だけなので、あえて南伊勢の偉人・河村瑞賢の所で脱線(🚢難破?)させてください。

「だからこたろーのブログはいつも【大廻り航路】でなかなか到着しないんだよ~」

国道260号に沿って、古いトンネルが歩道用に残してくれてありました。「道隧宮東」(右から左読み)とあります(指で拡大)。

何だか異様なトンネルを抜けたら、コンビニがあります。元スーパーで色々なものが売っていて、私にとっても「ビールやらなんやら」を買い込める!(明日のお昼ご飯も)

宿に着く前に居酒屋さんもありました ここも入りたい気分に

紀伊長島を朝出発して今日もまた9時間。夕方5時40分に東宮のお宿「ニューまつおか」さんに到着!

釣りのお客さんが多いようです歩き旅の人は・・

部屋に何にもない幸せ

ど~です。中々豪勢でしょ。と食べ進めていたところで

今日のメインディッシュ カツオのハラモ(腹の身)が登場。

腹は鮮度が命🙌これこそ地元料理。今ブログを書いている2年半前の旅先の晩御飯だけどインパクトがありました(とても美味しかった)。

お風呂も頂いたし、朝ごはんも食べたけど、疲れていたのかあんまり覚えていない。翌朝は早めに出発して三重県最大の漁船の基地である【南島七浦】のうちの奈屋浦を訪ねます。(3)に続きます

2022年11月13日(日)更新

おまけ ニューまつおかさんの宿泊領収書 お値打ちでした!

🐟🐟🐟🐟🚢🚢🚢

三重県の海岸線を歩く 紀伊長島~志摩市の海岸線をのべ5日間で歩く🐾(3)  - kotarosandayoneの日記 (hatenablog.com)

三重県の海岸線を歩く 紀伊長島~志摩市の海岸線をのべ5日間で歩く🐾(1)

2020年6月20日(土)晴れ 

突然ですが、

【問】皆さんは「世界の7つの海」全部言えますか?

 

【答えその1】太平洋、大西洋、インド洋、地中海、北極海カリブ海、メキシコ湾大航海時代の7つの海で、少々ヨーロッパひいきですね。

【答えその2】北太平洋・南太平洋・北大西洋南大西洋・インド洋・北極海南極海=これが現代の数え方だそうです(以上、「世界最大の電子辞書」による)

さて今回の本題ですが、

【問】「南島町の7つの海」全部言えますか?

【答えその1】今は「南島町」がないので、質問に対する答えは存在しない。

そんな寂しい事を。

では【答えその2】です。

阿曽浦(あそうら)

慥柄浦(たしからうら)

贄浦(にえうら)

奈屋浦(なやうら)

神前浦(かみさきうら)

方座浦(ほうざうら)

古和浦(こわうら)

以上が、合併して南伊勢町になる前の「南島町の7つの海」です。

字幕をにしたのが分かってもらえましたか (*^^*)

今回の旅は紀伊長島を出発して大紀町の錦湾を経て、旧南島町の7つの海を歩いて廻って旧南勢町の五ヶ所浦まで訪ねる1泊2日の旅です。こちらは家族あての旅の書置きで、宿泊の連絡先が特に大きく書いてあります。ではさっそく出発!

津から2時間 紀伊長島駅 朝8時半に到着

基本的に国道260号線に沿って歩きますが、浦々をつなぐ古い道も歩きたい。ちょうど夏至の頃で、旧道を少々遠回りをしても明るいうちに奈屋浦(なやうら)まで行けるはず。

乗って来た列車が通ったJR紀勢線・荷坂峠の線路を左下に見て峠を越えていきます。

西南西の方角・県境の大台ヶ原方面を振り返りながら。

広い錦湾(にしきわん)が見えて来ました(大紀町)。

撮影時間が前後しますが、手前に見えるのはヒラメの養殖場。底にいる魚なので海のいけすより陸上の水槽の方が管理しやすいようです。

赤と黒のルートが2022年の歩きと自転車。今回振り返る2020年6月は大紀町錦からトンネルを越えて古和浦神前浦の順に、東に歩きました。

国道260号は昔に比べればずいぶん走りやすくなりました。といっても急なので両手に杖をついてテクテクと上がっていきます。向かって左は旧・錦峠なんですが。

さて、どこに道があるでしょう? 写真をデジタルで拡大してみるとー。

落石防止の法面とガードレールがかすかに見えます。2022年現在は安全管理の面から通行できなくなっています。

👇錦(来た方向)👆柏崎 👉南伊勢町

最近のブログでも紹介した「山の中の三叉路」を右にとって、南伊勢町(旧南島町)に向かいます。

合併前の町の名を並べた「紀勢南島トンネル」 

峠の下の方に、旧道と旧南島町の「一つ目の海古和浦が見えて来ました。

先ほどの7つの海の紹介とは行程上、逆の順番になります。

2020年に歩いたこの道も現在は車両通行止めです。

な~んにも言われることもなく、1日釣り糸を垂れているのでしょう。このあたりの海では古和浦湾が一番波も静かでのんびりした釣りの風景が見られます。高速道路や国道260号が良くなったおかげで、現在は「名古屋ナンバー」「なにわナンバー」の車が多く停まっています。

古和浦(地名)につながる旧道(旧国道260号)を行くと、古和浦湾の絶景を楽しむ「ニラハマ展望台」です。

旧道を古和浦漁港に下りて来ました。紀伊長島を出てから既に4時間半経っています。今日の行程の真ん中あたり。(旧)南島町古和浦というと「原発闘争の地」という過去の歴史がありまして。

原発闘争の舞台となった旧南島町古和浦漁協

発電所の建設に伴う電力会社からの漁業補償を活かして水産業のまちを立て直そうという、組合長をトップとする「推進派」と、海とくらしの安全を守ろうを合言葉に当時の南島町長をトップとする「反対派」。時には親兄弟までもが敵味方に分かれて争いました。

【リンク】原発めぐり「殺すぞ」憎み合った37年 夢が覚めた芦浜:朝日新聞デジタル (asahi.com)

組合の総会の開催を阻止しようとするおかみさん達が玄関の入口に座り込み、泣き叫びながら抵抗するひとりひとりを機動隊が引きはがしていく。今思い出しても悲しい、まるで映画のような光景でした。

「芦浜原発闘争」は2000年に当時の三重県知事の「白紙撤回」宣言で終止符が打たれました。2011年には東京電力福島原発の事故が起きて、この地に原発推進を唱える人は今はいないと思われます。

「7つの海」のうち方座浦(ほうざうら)は国道沿いでないため、これまで目にしたことはなかったのですが、今回の歩き旅で初めて訪れる事が出来ました。

湾の奥に佇む、いかにも「魚まち(うおまち)」らしい集落を後に、次の神前浦(かみさきうら)に向かって急な峠を越えていきました。

旧道からの方座浦の眺めはすばらしい

リアス海岸の多い三重県の中でも南伊勢町(旧南島町+旧南勢町)は海岸線の距離が長く、このシリーズもそれなりに長くなりそう(な予感)。

一年で一番日の長い頃ではあるが果たして明るいうちに「ニューまつおか」にたどり着けたのでしょうか?(2)に続いていきます。

今「ほうざ」と「かみさき」の間の地点

2022年11月12日(土)更新

🐟🐡🐡🐟🦑🦐

三重県の海岸線を歩く 紀伊長島~志摩市の海岸線をのべ5日間で歩く🐾(2) - kotarosandayoneの日記 (hatenablog.com)

今度は自転車で度会郡大紀町~南伊勢町と回ってきました🚴

突然ですが、全日本大学駅伝のレースを伊勢市駅前で見て来ました。あとで録画したテレビをみたら2秒だけ自分が写っていました(笑)。大会レコードで優勝した駒澤大学おめでとうございます!

さて私の自転車のスピードは駅伝ランナーの速度と変わりません。平均時速20キロ位です。今回のコースは、前回の歩き旅を逆に回るような感じです。

地図の赤いルートが前回歩いた道のり。日帰りで28キロ位でした。今回は1泊2日でJR川添(かわぞえ)駅をスタート&ゴールに、南伊勢町の神前浦(かみさきうら)に向かい、民宿で1泊。翌日は赤いコースを逆にたどるような感じで国道42号に合流し、スタート地点に帰ってくる感じです。今回の目的は。。

1.‟険道”(県道)を自転車で克服し、峠からの眺めを見て充実感に浸る

2.「同じ所走るんだったらこの前の旨かった干物買ってきて」と頼まれ、お使い。

3.南伊勢町の朝日灯台のたもとから見る 4.全部屋8畳以上の民宿でくつろぎ、夜は日本シリーズを見る 5.アクシデントに見舞われず安全に帰る♬(すべて達成できますように)

JR紀勢線 川添駅に車を停めて、自転車で出発!

宮川を渡ると大台町から大紀町へ(大宮町と書きたくなる)

川を渡って最初のお使いじゃなくて、お土産を買おうと思って調べていたのですが。

【リンク】口コミ一覧 : 亀屋勉強堂 - 川添/ケーキ [食べログ] (tabelog.com)

2021年10月29日(土)晴れ

出鼻をくじかれたような感じで、自転車旅のスタート。まあこの後良い事もあるか。

ちゃんと自転車で行ったよ の証拠写真

宮川の支流 藤川沿いにさかのぼる

この辺りは「熊野脇道」と呼ばれ、2年前に歩きました。いよいよ難所の藤坂峠です。

もうこの辺からしんどくなってきました。自転車自体が古くて重いから~(言い訳)。

しんどくて休憩しているのではありません(している)

峠の直下はつづら折り 押して歩いたり、また跨ったり

ようやく藤坂峠の電波塔が見えて来ました。

スタートから1時間40分で藤坂峠に到着

標高538メートルの峠から見る太平洋は圧巻です。藤坂峠は自転車ではしんどくて大変ですが、自動車同士ではほとんど対向できない道なので、運が悪いと進退窮まります。お気をつけて。

転がって行かないようにハンドルをガードレールに引っかけています

真下に見える集落まで一気に下って行くのだけれど、ブレーキレバーを握る手のひらが持たないくらいの急な下り。細かい石を踏んで運が悪ければ即パンク⚡。石でハンドルを取られたら即、谷底へ~。おまけに、数十匹の猿の軍団に遭遇。

何とか安全に下りて来ました。藤坂峠は1回で十分です。バイク好きの方ならどうぞ。

下りて来た藤坂峠を振り返る 白い岩肌は石灰岩を採石している

ベルトコンベアが何と山頂まで続いている。上の方はスキー場のリフトの様に遠目に見えました。

南伊勢町神前浦(かみさきうら)。旧南島町の役場がありました。(現在は南伊勢町役場南島庁舎)みなとまちの路地の突き当りに、今日のお泊り「民宿八方」さん。

今日の宿泊では一番乗りだったので部屋を選ばせてもらいました。「広いですねえ~」

女将さん「10畳あります お風呂は順番です。お湯加減を見て来ますから」

こういう宿では「もっと後で入ります」と言わないように。「家族風呂」ですから。

私「ではあと15分したら入りますね。プシュ~(缶🍺を開ける音)・・・いや、畳10畳より広いでしょ~」

数えたら12畳半ありました。おかみさん間違ってます(笑)。。

ぼちぼち着替えたし、15分位経つかな。「お風呂頂きます」(入浴中)「お風呂あがりました」

夕食の時間までにもう一杯。プシュ~(缶酎ハイを開ける音)

食事の後は部屋に戻ってプロ野球日本シリーズ第6戦。オリックスの自慢の先発・中継ぎ陣がヤクルト打線をわずか1安打に封じて3-0の完封勝ち。このシリーズ逆転で日本一に王手をかけました。
ZZZZ・・・・(いつのまにか寝ていました)

2022年10月30日(日)きょうもハレルヤ~

玄関でおかみさん「おはようございます」(どこいくの~?)

私(見つかった!)「・・ちょっと朝の散歩に出てきます」

といって自転車で出かけたもんだから、ちょっと不安にさせたようです。ちゃんと戻って来るっていうの。

きのう降りて来た藤坂峠が港からも良く見えます。山のてっぺんから朝日が当たりはじめます。

う~ん。良い感じ。早めに起きて良かったな。

朝日が反射している吉津灯台。タイル張りで六角形の形をしています。昭和27年初点灯。

夕食も朝食も、6畳のひとり部屋で食べさせてもらいました。泊り客が団体さん主体の頃は、ひとり泊だったらこの部屋だったろうな。畳半畳の押入れがあって学生時代のアパート暮らし(4畳半一間と台所)を思い出しました。

さて、今日もペダルを蹴って時計回りに南伊勢町から大紀町に戻ります。

きのうの藤坂峠に比べたら傾斜も路面も大分マシですが、そこそこアップダウンはある。今から会社の同僚が楽しみに待っている、干物を買います。

これが前回歩き旅のお土産で大好評だった「サメのジャーキー」

店の外観はこのようにポツンとある感じだけれど、朝から地元の人が代わる代わる訪れては、まとめて買っていくー。

峠の看板でおなじみの?「南伊勢町 三五七や(さごひちや)」要チェックです!

週末にはこんなキッチンカー?も出る、国道260号

南伊勢町 棚橋トンネルと古和浦トンネルの中間

旧錦峠は通行できなくなっている 県道68号大紀町柏崎側

大内山川の写真を撮っていると警報機が鳴って、まさかと時計を伺ったらゴ~という独特の太いディーゼル音。南紀1号」名古屋発・紀伊勝浦と遭遇。2日目の朝もついているぜ。

いつも鉄道の話に「脱線」しますが、こちらのつたない手書きの地図は「特急南紀の車窓ガイド」の決定版です。著作云々言いませんので、紀勢線の景色と共にこちらを引用してつぶやいてくださいませ。お願いします。

同じく大内山川を渡る紀勢線普通列車(上り多気方面➡)

調子よくゴールを目指していたのだが、交差点の手前でコンビニの敷地をショートカットして左折したら、その場でパンク。グレージング溝のバリにタイヤを引っかけたようです。あれだけ尖った砂利だらけの藤坂峠でも大丈夫だったのに。

ついていないのか、ついているのか、屋根付きの大きなバス停があったので、タイヤのチューブを交換して30分以内に走り出しました。

紀勢自動車道 宮川にかかる橋(大宮大台~勢和多気 間)

宮川の中流にある堰 

最後に「ひもの屋」の前で撮影した愛車とバスの写真を。説明なし。

今回は特にオチもありません。藤坂峠を車で越えるのはやめましょう。干物や海産物は南伊勢町で買いましょう。かつては陸の孤島とも呼ばれた国道260号沿線はバイパスが出来て年々走りやすくなっていますが、旧道に少し入ってみると良い景色に出会えるかもです。

2022年11月6日(日)全日本大学駅伝の日に更新

🐟🐡🐟🐡🐟🦐🦈🐬

平均斜度がほぼ一定の県道は‟険”道だった 古和峠(こわとうげ)を歩く🐾(下)

前回の続きです。2022年10月21日(土)晴れ

JR伊勢柏崎駅近くの「山海の郷 紀勢」をスタート&ゴールに、大紀町南伊勢町大紀町と周遊する「歩き」コースです。途中の交通機関にはあまり期待できないので、とにかく二本足+2本のトレッキングポールが頼りです。道なき道(ある)を攻略するには動物の様に四本足🐾🐾で歩くに限ります。両ひざの負担だけでも大分違います。

トンネルの中で待って頂いて、大変申し訳ありませんでした

大紀町南伊勢町をつなぐ「命の道」紀勢南島トンネルを抜けると海の景色が見えて来ます。その前に、トンネルから出たばかりの高い橋の上からの景色がこちら。

【クイズ】 ×旧酷道 〇旧国道260号 の道筋はどのあたり?

【答え】下の黄色いライン(棚橋峠)

(私)「20世紀(だいぶん前)はスゴイ道を通っていたんだなあ」

(もう一人の私)「感心している場合じゃない。今から越える古和峠(こわとうげ)は同じような道でしかも全然距離が長い(約13キロメートル)」

(私)「任せておけ。準備は万端である」

(もう一人の私)「動物に逢う事はあっても、救助者に逢う事はないぞ」

動物除けの鈴 反射材のタスキ 帽子・首から下げるライト 方位磁石

(もうひとりの私)「確かに国道やトンネルでの車除けには黄色いタスキが要るな」

(私)「そらそうよ(阪神の岡田新監督風に)」

首から下げるライトは停電時の屋内や夜間時の避難の必需品です。買いましょう。

※ここは鉄道が通っていないのにいつもの脱線でした。

棚橋地区の長泉寺 境内に雌雄(たぶん)のイチョウがありました

潮の満ち引きを利用した青のり養殖の準備作業

地図の下の真ん中あたりです(南伊勢町棚橋地区)

以前パンクした時は自転車を梱包してここからバスに乗りました 公共交通\(^o^)/

午前11時になってしまったので、ここで早めのお昼ご飯です。パンとおにぎりと両方用意して来ましたが、おにぎり2個を頬張って峠越えのパワーを蓄えます。

さて皆さんの漁獲高(イカダ釣り)はどうかな?

教育委員会の文字が半分隠れていますね 落人の様?に奥ゆかし

上の地図上の(ア)の地点ではベンチの他、自販機や週末営業のお店&トイレもあるので要チェックです。ではもう一つトンネルを潜って南伊勢町古和浦に入ります。

古和浦はかつて原子力発電の誘致を巡っての「震源地」となり、漁業補償を取るか安全を取るかで、果ては親族同士までもが骨肉の争いに巻き込まれたという過去があります。遠くから釣りに来ている今の人達には知りようもない、つらい歴史です。

こちらは尾鷲市にあった火力発電所(2018年廃止)財政面で長年地元を潤しました 当時の原発誘致派にとってはそのような影響もあったかもしれません

ここで気になる古和浦のお店情報です。

”ふわふわ鉄板焼”の「金時」(予約制?)

思い切ってドアを開けようかと思いましたが、時間と戦う険路を前に踏みとどまりました。後ろ髪をひかれました。

せっかくなので歩いてきた証拠?に何か買って帰らなければ。

ひもの販売「三五七(さごひち)や」

馬場や猪木(敬称略)の様にこの方が特別大きい訳ではありません。でも後で入って行ったヨソモンの私に先に勘定を譲ってくれました(大きい~)。

購入した「サメのジャーキー」♬ 酒が止まらない(無事帰宅後)

無事だったからブログを書いていますが、ここから決死のアタックです。


鹿とマムシと蜂以外に、人と車には会いませんでした。後述します。

ひもの屋さんで「匂いで動物呼び寄せたらあかんで真空パックを買います」。半分笑ってくれましたが、、、

三枚目の写真はいらんのやろうけど、とにかく奇麗すぎた。

道中の無事を祈りました。お賽銭一〇〇円

険道南伊勢町側の最奥の集落沿いに見事なクスノキがありました。

広葉樹はまだ色づいていないようです。

乗用車と耕運機の墓場・・

大型車通行不能 歩いてあの稜線越えて行きます。

養蜂箱が並んでいました 蜂が大好きな萩の花も咲いていました

コンクリート吹付けの路肩に生えるこの種の植物大好き なんか化石みたいで。

ぐんぐん標高を上げます

タイトルにも書きましたが、峠道は最初から最後まで斜度がほとんど一定でした。どうやってルートを決めるのだろう。ポールをついて歩いても楽でした。

【古和峠珍百景 その1】これはどうみても鳥の巣ですよね。どうして道の真ん中に落ちているのか意味が分からない。

これは良くあるやつ。電柱の看板ですね。

こんなやつ 「スキップで3分」??

土地の境界や木の所有者を表す時に幹に文字をいれるので、単なるお店の宣伝とは違うのかな。(ここから‟スキップ”しても下り坂とはいえ1時間かかるし~)

【古和峠珍百景 その2】これはどうみても猿の大腿骨ですよね。どうして道の真ん中に落ちているのか意味が分からない。

歩いてきた道を振り返る

古和峠が見えて来ました。一番凹んでいる所。しかし今はまだ・・

ぐるっと回り込んで、今まで歩いてきたルートはどこでしょうか? 上の地図を回転してみるとー

険しい。

そんなこんなで、ひものを買ってから峠のてっぺんまでに2時間かかりました。

古和峠にとうちゃこ。(標高391m)

このあと写真は多くありません。大紀町側は天然林が残り、鹿の気配がしたので「動物除け」の鈴をチリンチリン鳴らしながら急な坂道を下って行きました。

峠から登って来た南伊勢町側を振り返る

大紀町側の下り坂とNTT無線中継所への道(一般通行止め)

峠のスタート(海の南伊勢町とゴール(山の大紀町では標高にして130m位差があったので、下りは標高差がなくて楽でした。

歩くのはもちろん、乗用車でも古和峠を越えるのはあまりおすすめしません。(笑)

最後に、古和峠を車で走った人の動画を見つけたので、リンクを張らせてもらいます。実際の速度の2倍速で編集して16分位。目が回るので気をつけてください。
 

【リンク】(9) 古和峠(三重県道 33号・南島紀勢線) - YouTube

そうか~県道33号だったのか。三重テレビ33チャンネルみたいだな。

 

人のふんどし(動画)でブログをまとめてすいません。あ、マムシ🐍には逢いましたよ(写真はない)。

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